「徳川女刑罰絵巻 牛裂きの刑」」(英題:SHOGUN'S SADISM)
制作国:日本 1976年 監督:牧口雄二



画像はスペイン版DVD。長らく国内版は未発売が続き、このスペイン版が重宝していました。メニュー画面が凝ってます!
実際の戦争写真を使ったオープニングはみょうちくりんなノイズBGMも相成り、異様な雰囲気を醸し出しています!
一方的に弱者が虐げられ、虐殺される憂鬱な本編内容には後味の悪さもまた一入です(^ω^;)
まったく最近の拷問スプラッターを見てると情けなくって涙が出てくる。生命の大切さを教えるなどとクソみてぇなことヌカしてゲーム感覚に拷問を回避させる手段を与えたりよぉ、罠張って獲物が引っ掛かるのをチマチマと工作したり・・・アホかお前ぇら!?

これから拷問始めようってときにその対象に拷問から逃れられる猶予を与えてどうすんだ!?逃げる者は捕まえろ!助けを懇願する弱者を殺せ!誰も生かして返すな!それが冷酷無比な拷問スプラッターってもんだろッ!?痛みを知れ!吐き気を知れ!

この「徳川女刑罰絵巻 牛裂きの刑」はそんな21世紀の拷問映画が忘れちまった容赦のない冷酷さがある。本編は二部構成のオムニバス形式になっているが、どちらの物語も一切の救いを与えられない。反吐の塊のような人格の権力者がその立場を振りかざし、社会的弱者どもに有無を言わさぬ圧力を与え、残虐非道な拷問を繰り返すんだ。

まず戦時下の死体写真に怪しげなノイズシンセを乗せたオープニングが終わると、狂った長崎奉行がキリシタン取締りを名目にゴア全開の拷問を繰り広げる前半パートが始まる。

杵で隠れキリシタンの足を潰しちゃニヤ顔で「やはり赤いなぁ」「骨は白か、ふ〜ん」などと吐き、年端もいかぬ少女の目を焼き鏝で焼いてめくらにし、自身の配下にキリシタンの娘と恋仲の武士がいると知りゃあ、いびり尽くした上で殺し、娘も副題にも付いてる牛裂きの刑にして殺す。まぁあれですね。バテレンは人間じゃないですから。幕府の平安を乱す悪魔の使いなんですから。どのような殺され方をしようがしょうがないですよね。

牛に両足千切られ下腹部から内臓を溢れ出し痙攣しながら死んでいく娘を見て、魚眼レンズみてぇに目を見開いて高笑いする奉行様のカットでこのパートは終わるが、そこにこのイカれ奉行がこれら拷問の功績が認められその後出世したというナレーションが入って締め括られる。てめぇらの生き死に理由はねぇ。全て奉行様の気分次第ってこった。

後半パートは拓ボンこと川谷拓三演じるろくでなしが駆け落ちした女郎とツルんで美人局など悪さをして廻った結果、奉行所に捕らえられ拷問を受ける。裁断機で足の指切断され、乳首抉られ、最終的には鋸引きの刑に処されるが、女郎の方は元の遊郭に買い戻され娑婆に戻る。

引き離された拓ボンと女郎の恋仲は悲恋となるが、残された拓ボンにはさらに悲惨な最期が訪れちまうんだ。拓ボンの処されているこの鋸引きの刑とはナレーションの説明によると街中にさらし者になっている受刑者の首を通行人が用意されてる鋸で勝手に引いていいとするものだが、好んで鋸を引きたがる者などいないので三日経ったら磔にされるのが通例というものらしい。

しかしこんな残酷嗜好の拷問映画でそんな通例通りの結果になるわけがねぇ。人も寝静まった深夜、宅ボンの前に明らかに様子のおかしい男が現れ、鋸を持つ。「切れたらいいなッ!切れたらいいなッ!」と、キチガイ丸出しの馬鹿笑いをしながら困惑する拓ボンの首をアホみてぇに引きまくる男。どうやら彼は頭にハンディキャップのある障害者だったらしい・・・。

翌日、遊郭に戻った女郎に拓ボンの声が聞こえた気がした。「おさと(女郎の名前)、世の中色々ややこしいさかいな。辺りをよう見回して狡かろう生きていくんやで。ワシがおらんかって安生やらなアカンで。」その拓ボンは最後のカットで昨夜の鋸を引いた男に砂遊びの玩具にされている。人生そんなもんだ。

戦地の死体写真が流されるオープニングに始まり、ラストの障害者の男が拓ボンの首を鋸で切断して遊ぶシーンで終わりと、最初から最後まで倫理を問われるような問題シーンが連続されるが、劇中の前半・後半パートともに盛り込まれた悲恋ドラマなど、危なさの中にも味わい深さのある映画である。結局そのドラマ要素も作品の悪趣味さを際立たせる演出になっているが、でもその辺がカルトエログロ映画としてマニアに評価されるところなのかな。

所詮この世は弱肉強食。強ければ生き、弱ければ死ぬ。どんなに上手く作り笑いをしようが、その真実からは逃れられないぜ!


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